メコン川の状況 8月13日

一晩明けて、さらにメコン川の水位が上昇しました。

メコン川沿いのところどころの地域では、すでに洪水になっているようです。

ヴィエンチャンでは水位の低い民家が浸水していますが、道路の高さまでは上昇していないことから今のところ大きな被害はでていないようです。

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Mekong River Commission の情報によると、16日に水位がMaxになり、本日13日より1m程上昇すると想定しています。

私が滞在しているホテルが浸水する可能性も非常に高くなってきました。


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定点観測を続けているメコン川沿いのレストランの様子です。

admin on 8月 13th, 2008 | File Under ラオスについて | No Comments -

メコン川洪水か?

昨日、今日とシトシトと日本の梅雨のような雨が降り続き、ヴィエンチャン付近のメコン川の水位が急増しています。

6月と昨日に撮影した同じ場所での水位を比較すると、その水位の変化がよくわかります。

6月
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8月11日
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メコン川沿いのレストランを撮影したのですが、このレストランの床の高さがヴィエンチャンの土地の高さと同じなので、洪水も非現実的ではないということを分っていただけると思います。今日は一層増水していると思います。
先ほど耳にした情報によると、警察がメコン川沿いで近づかないように促していたそうです。

このような増水は、偶然生じている自然現象なのでしょうか?
私はそうとは言えないと考えています。
以下は根拠もない思いつきですが、検証する価値はあるものと考えていまwす。

・メコン川の上流にはヒマラヤ山脈があり、地球温暖化により雪解け水が増水を招いているのではないか。
・樹木の伐採が森林の減少を招き、山の保水能力が低下して一気にメコン川に流れているのではないか。
・ダムの建造および人為的な放水が、メコン川の水量に何らかの影響を起こしているのではないか。

地元の人によると、今年は特に水位が高いとのこと。
私が宿泊しているホテルはメコン川沿いにあるので、もしも洪水が発生すれば浸水は免れません。
本日は食料を買いだめしてホテルの戻ろうと思います。

しばらくは、メコン川洪水ネタを書きつづります。

admin on 8月 12th, 2008 | File Under ラオスについて | No Comments -

ラオスの交通事情

先日、誕生日パーティーに出席したという話を記述しましたが、そのパーティに出席していた方が交通事故でお亡くなりになりました。
バイクでの事故だそうです。

ラオスの交通事情についてですが、ここのところ数年で車、バイクともに大幅に増加しているそうです。
運転免許の取得もそれほど難しくはないらしく、運転の技術が低い人も多いと思われます。
また、バイクで3人乗りは当たり前、5人乗りをしているところも見かけます。

トゥクトゥクが横転している現場も目撃しました。トゥクトゥクは3輪ということもあり、バイクのようにカーブで車体を傾けることもできないため、運転は難しいと言われています。

私は自転車を使用していますが、バイクよりもむしろ自転車の方が危ないと思っています。
道路の路肩には路上駐車がされており、度々車道を走ることになります。
また、路肩には岩や木材などが落ちていることもあり、これを避けたり、路肩の一段高くなっている歩道は交差点では車道に降りなければなりませんが、このときスロープがないので20cmくらいの段差を昇り降りしなければなりません。
そうなると歩道を通るのも億劫になり、つい車道を走ってしまうという状況です。

また、こちらの車とバイクは古いタイプのものも多く排気ガスがすごいもの走っているため、できるだけマスクを着用しています。
このマスク、排気ガス対策と紫外線対策のダブル効果が見込めます。

ということで、ラオス滞在でのネックの一つ、交通事情について記述してみました。

admin on 7月 29th, 2008 | File Under ラオスについて | 2 Comments -

ヴィエンチャンのコミュニティ

久しぶりの投稿です。
久しぶりだけあって、面白いネタを用意しました。

以前、ヴィエンチャンは小さな街で中心部を毎日自転車で2周くらい回っていると記述して地理的に街が小さいことを示しましたが、今回はコミュニティも物凄く小さいということを記述します。

*

夕食は通常、街中心部に繰り出して屋台、レストランなどで食べています。レストランは、地元の人用と観光客用のものがありますが、私にとってラオス料理はとても美味しく感じ、またリーズナブルなことから地元の人用のレストランを利用しています。
レストランというよりは、定食屋と言った方がイメージが伝わりやすいと思います。
ちなみに一食にかかる食費ですが、主食は13000kipおよそ160円位で食べることができます。
デザートを食べるとしても、トロピカルフルーツシェイクは6000kipおよそ70円程、ドーナツは1つ10数円といったところです。


で、いつものことながら定食屋で夕食を食べていると、二人組の女性がやってきました。席が空いていなかったことから、私と同席し、何気なく会話が始まり(英語)、仕事や観光地の話などをしたのちにメールアドレスを交換しました。
後日、その二人が映っている写真を送付してくれて、その写真をよくよく見ると、なんと現在私が働いている職場の人が映っていたのです。
とてもビックリしました。
さらに、夕食を食べた定食屋ですが、これまた同じ職場で働いている人の兄の店とのこと。
私の職場がさぞかし大きいのだろうと思う人もいるかもしれませんが、10人足らずです。


現在私が滞在しているホテルの従業員の人が誕生日ということで、誕生日パーティーに誘われました。近所のレストランで30人ほどが集まり、飲み会が始まりました。
グラスに入っているビールをイッキしろという人、少々絡んでくる人、ベタベタし始めるカップル、デジカメを持っているマメな人の写真撮影など、ノリは日本の飲み会と結構似ています。
で、後日、現在働いている会社のクライアントと打ち合わせをしているときに、
「先日誕生日パーティーに参加していましたよね?」
と言われてこれまたビックリしました。
なんでも、クライアント先の秘書が友達から飲み会の写真を見せてもらい、私を発見したというのです。
その秘書もそのパーティーに誘われていましたが、欠席したとのこと。


ここヴィエンチャンでは、家族間のつながり、友達同士のつながり、地域のつながり、職場のつながり、学校のつながりなどが非常に強く地理的にも小さいことから、他人同士でもどこでどのようにつながっているのか予想がつきません。

というよりも、ラオス在住の人たちは、知り合いの知り合い位で滞在2ヶ月ほどの私の存在を知っていると考えた方が無難なように思います。

こんなヴィエンチャンですが、ラオスの首都でございます。

admin on 7月 23rd, 2008 | File Under ラオスについて | 2 Comments -

ラオスとはどのような国か

日本人にとって、ラオスという国はあまりなじみがないのではないでしょうか。
周辺国のタイ、カンボジア、ベトナム辺りは観光地としても有名ですが、ラオスはそれほど有名ではありませんし、日本と経済的な関係も薄いため、場所や首都などもハッキリとは分からないという人が多いことと思います。

ラオスの現在と歴史的な背景を紹介します。

(1)現在
(a)サマリー
・人民民主共和国(1党独裁制)、市場経済メカニズムを導入(政経分離)
・首都 ビエンチャン
・公用語はラオ語(タイ語に類似)だが、49民族ほどが独自の言葉・文化を持っている
・インドシナ内陸部でベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、中国に囲まれた山岳地帯(国土の8割)
→地勢的なハンディキャップ(高い輸送費)
・面積は236,800k㎡(日本の本州と同程度)、人口580万人(東京の半分未満)
・最後発国(Least Developed Countries)だが、豊富な資源に恵まれ、食糧の自給により飢えた人が少ない
・主な産業は、水力発電(輸出)、農業(人口の85%が従事)、食品加工、木材
・東西回廊(ベトナム~ラオス~タイ~ミャンマー)により物流効率化に期待がかかる
・識字率は、15歳以上40歳以下76.6%(男性85.3%、女性68%)
・最低労働賃金は月給1000円程度(2002年)
・1997年の政府予算の38%を海外からの開発援助に頼る
(b)IT関連
・電化率は43%、電力を輸出する一方、地方の村は自動車のバッテリーを利用して発電している
・Windows Vista多言語版にラオ語が搭載された
・公的部門の情報化は進みつつあるが、民間部門は大企業と海外取引をしている会社、銀行、ホテルに限られる
・全土に光ファイバー網が整備されるが、都市部を除き支線の整備が行われていない
・ユーザー、開発者ともに人材不足
・情報機器(ハード、ソフト、ネットワーク)は、現地にとっては非常に高価
・エンジニアの月給は、1~4万円程度(オフショア委託がメイン)

(2)歴史
・1928年 シャムの侵略により無人の都となる。奴隷として連れ去られる。
・1893年 フランス(メコン川の東岸、現在のラオス)とタイ(メコン川の西岸、現在のタイ)に二分、フランスの植民地化・愚民政策、少数民族の反乱
・1945年 日本軍占領(5ヶ月余り)
・1946年 フランスの再植民地化
・1953年位 ラオス王国独立
・1961年~ 内戦激化、ベトナム戦争時にアメリカによって歴史上最も酷い爆撃を受けた(現在でも不発弾が残っている)
・1975年 ラオス人民民主共和国 社会主義国家、西側諸国の援助停止、インフレ、物不足、難民国外流出
・1986年 市場経済化政策
・1989年~ ベトナムをはじめとする東側諸国からの援助を受けていたが、東欧諸国の共産政権瓦解により経済の混乱が生じる(インフレ、通貨下落)
・1997年 タイで始まったアジア通貨危機の影響を受ける、ASEAN加盟

(3)開発
・市場メカニズムを成功させるには、経済インフラ(電力、通信、道路等)、社会インフラ(病院、学校等)、制度インフラ(法規制等)が必要
・ラオスが自立するには、まだまだ時間がかかる

(4)地図
ラオス地図
衛星写真を見ると、国土の大部分が山岳地帯だということがよく分かります。
地図を拡大するとビエンチャン(Viang Chan)と南部に平地が見えますが、それ以外は自然が残されています。

admin on 5月 4th, 2008 | File Under ラオスについて | 2 Comments -